税務調査 その2 積算事務所ってどんな仕事ですか?
世間一般の人は、建築の積算と聞いても何のことかさっぱり分からないのが普通です。
何しろ彼等は、設計図が出来たら自然に値段が決まってくる、と思い込んでいるのですから。
「イヤ、設計図は絵に描いた餅ですからこれだけでは値段は全然分かりません。部分毎、材料毎に綿密な
計算を積み重ねて初めて工事費が分かるのです」。この理屈を理解してもらうのに10分や15分は
掛ります。ここが、設計や施工に比べてつらいところです。
A君:「してお客様はどんな人達ですか?」
私: 「建設会社や、設計者の方達です。」
A君:「?? その方達は自分で出来るのでしょう。」
私: 「出来ますが一時にいくつも重なると出来ないので私らの所に応援依頼が入る訳です。」
A君:「なーるほど、それで商売が成り立つのですね」。
ようやく積算がビジネスになる理屈が理解出来たようです。
次はどのようにして注文が入り、どのようにして料金が決り、処理され、入金されて
来るかの説明です。特にどのようにして料金が決るかが知りたいようです。
それは私が作った値段表から建物の種類と延べ面積の合致する点で平米単価を探し出し、
延べ面積に掛算をして決まります。小物件の場合は終わってから一方的にこちらからいくらという
請求書を送ると、そのまま振り込んでもらえます。
A君:「ほほう、どちらにしても、こちらの意向で値段が決まるのですか、いい商売ですね。」
私: 「イヤー、そう簡単にはいきません。当然値段交渉があり、値引きもしますよ、しかし出発点はこちらの方がほとんどです。」
と、ここまでは100%私のペースです。
数字を追うのは直前の1年分だけ
メシの種と、お客様との関係を理解したA君は次の段階に移ります。料金の見積書、注文書、
元帳、売上帳、請求書、領収書、の順で日付け、金額を追って行き、合えば赤鉛筆でチェック。
こんなことの繰り返しを根気良く続けていきます。その脇で私と税理士さんは「アクビ」の連続です。
アクビと言っても100%退屈なアクビではなく、適度に緊張感のあるアクビ、ちょうど試験開始を
待つようなあのアクビです。 やがて12時となり、「お昼を一緒にどうですか?」と誘いましたが、
「イヤ結構です」。この辺はきっちりしたものです。私と税理士さんは食事をしながら、
「あの若さじゃ、金は取れませんよね。」これが2人の共通した意見です。
午後の部に入りましたが、A君は例によって黙々と作業を進めるばかりで、一向にこちらの出番が
ありません、アクビを重ねるのにも限度があるので、「チョッとお客様の所へ行っても宜しいですか?」
と尋ねたところ、「ハイ、どうぞ」とのこと、ヤレヤレ、少し抜けさせて貰うことにしましたが
税理士さんは気の毒に、そのままお付き合いです。
しばらくの後、席に戻り、その後どうですか、と尋ねましたが、異常なしとのこと。また元の場所に
戻ってアクビをしているうちに午後4時となり「本日の調査はこれで終わりにします、明日も朝9時に来ます」
と言い残してA君は帰り、税理士さんもそれを待ちかねたように帰られ一日目は終了です。
その夜、私の晩酌が一合で足りたことは言うまでもありません。
山より大きな獅子は出ない
翌2日目、席に陣を取ったA君は、前日とは少し戦法を変えたようで、2〜3枚のメモを取り出し
ました。その1枚目にはおよそ次のようなことが書いてあります。
○月○日、△△建設、□□□円
△月△日、□□□工務店、○○○円
このようなことが5行ほど書いてあります。これがいわゆる「仮面調査」です。あるお客様から、当社への支払いの
記録です。もし当社の帳簿にこれが見当たらないと大変なことになります。彼等が狙っている
「売上げ除外」となり、それを突破口に次々と責め込まれますが、勿論、そんな事はしてないので
ピッタリ合います。
大体ここまでがお金の「入り」に関する質問で、この先は、「出」に関する質問に変わるな、
と肌で感じました。その「出」に関する質問の主なものは次の通りです。
1、社員さんの給料はどのように決まりますか?
2、同じくボーナスはどのようにして決まりますか?
3、原価管理はどのようにされてますか?
4、決算期にまたがる仕事はどのようにされてますか?
これらに順々に答えていって残ったのが「減価償却」です、この分野は私は不得手なので税理士さんが
相手をして下さったのですが。 ありました!!。唯一の計算ミスです。
それは社屋の1階を増築して、その減価償却を1年分マルマル計上してあったのですが、それがダメで、
完成から決算日、すなわち12ヶ月の4ヶ月しか認められないとのことです。この分数万円が
2日間を要したA君の成果となった訳です。
そして2日目の午後4時。
A君: 「これで現地調査を終わります、あとは税理士さんと打ち合わせて処理します」。
ヤッター!! 私と税理士さんは顔を見合わせてニヤー。わかるでしょうこの安堵感、この爽快感は
何者にも代え難い気持ちの良いものです、その夜の晩酌のうまかったことは想像にまかせます。
「案ずるより産むが易し」数年前の経験が未だはっきりと私の頭に残っています。